大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)1391号 判決 1966年1月17日

控訴人 原審検察官

被告人 田中清一

弁護人 三浦徹 外二名

検察官 中根寿雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示第一乃至第三の各罪につき懲役八月に原判示第四の罪につき懲役四月に処する。

但し、この裁判が確定した日から五年間右各刑の執行を猶予し、かつ被告人を保護観察に付する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官平山長名義の控訴趣意書に、これに対する被告人の答弁は、弁護人三浦徹、山崎勇、田辺尚三名共同名義の反論書と題する書面に各記載してあるとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

検察官の控訴趣意第二点 法令適用の誤りの論旨について

所論の要旨は、およそ併合罪である数罪につき同時に審判し、その中間に確定裁判のあるため、数個の懲役刑に処すべき場合において、再度の執行猶予を言い渡すためには、その各刑期を合算したものが一年以下でなければならず、一年を超える場合には再度の執行猶予が許されないと解すべきことは、刑法二五条二項が再度の執行猶予を、「一年以下の懲役又は禁錮」を言い渡すべき場合に限つた法意に照らし明白である。若しかく解しなければ、たまたま中間に確定裁判が介入したことにより、各個の刑の合算期間が数年となる場合においてすら、各個の刑が一年以下であるという理由をもつて、なおかつ執行猶予を言い渡すことができることとなり、法の予想した限度を超えた悪質な事犯にまで右制限を緩和する結果となり、法の趣旨を著しく逸脱することとなる。しかるに原判決は、併合罪である数罪の中間において、昭和三九年二月二〇日確定した罰金刑の裁判が介入しているため、原判示第一乃至第三の各罪につき懲役一年、同第四の罪につき懲役六月、即ち両者を合算した刑期一年六月に処しながら、刑法二五条二項、二五条の二を適用して四年間右各刑の執行を猶予し、かつ保護観察に付したのである。従つて本件の場合、原判決は再度の執行猶予を言い渡すことは許されないのにかかわらずこれを言い渡したことは、前記刑法二五条二項の解釈を誤り、法令の適用を誤つたもので、右の過誤は判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないと主張するものである。

よつて按ずるに、記録によれば、原判決は、被告人に対し昭和三八年五月二〇日頃及び同月二五日頃の二日間にわたる詐欺(原判示第一)、同月二七日の詐欺(原判示第二)、同日頃の詐欺(原判示第三)及び昭和三九年五月二一日頃より同年六月一九日頃までの一一回にわたる詐欺(原判示第四)の各事実を認定し、かつ、被告人は昭和三八年一一月一三日神奈川簡易裁判所において道路交通法違反罪により罰金八千円に処せられ、同裁判は昭和三九年二月二〇日確定しているので、被告人の前記第一乃至第三の各詐欺罪については、これらの罪が右確定裁判を経た罪と刑法四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法五〇条に従い右第一乃至第三の各詐欺罪について被告人を懲役一年に、第四の罪について被告人を懲役六月に処し、なお、被告人は昭和三八年二月一九日横浜地方裁判所において有価証券偽造、同行使、詐欺罪により懲役二年、四年間執行猶予(同年三月六日確定)の裁判を受けていたが、被告人の前記各犯罪について情状特に憫諒すべきものがあるとして、刑法二五条二項、二五条の二の一項後段により裁判確定の日から四年間右各刑の執行を猶予し、被告人を保護観察に付する旨の言い渡しをしていることは所論のとおりである。

元来刑法二五条二項が再度の執行猶予を認めた所以のものは、執行猶予中の再犯であつても、犯情軽微で憫諒すべきものがあり、かつ一年以下の懲役又は禁錮に処すべき場合には、これを再度執行猶予に付し、もつて短期自由刑の弊害の防止を顧慮する反面、本人の改善、更生を図ろうとする目的に出たものである。従つて再度の執行猶予を付する場合における宣告刑の制限刑期は、刑が一個であるとき一年以下であることを必要とすることに徴すれば、各犯罪の間に、ある罪につき確定裁判を経たものがある関係により数個の懲役又は禁錮に処すべき場合、そのすべての刑について再度の執行猶予を言い渡すには、その刑期を合算したものが一年以下でなければならないと解するのが相当である。従つて右の場合、各個の刑期が一年以下であつても、これを合算すれば一年を超える如き場合は、これらの各宣告刑に対し刑法二五条二項により再度刑の執行猶予の言い渡しをなしえないものといわなければならない。若しかく解しなければ、検察官指摘の如く、各個の宣告刑の合算期間が数年となる場合においても、たまたま中間に確定裁判が介入したという一事により、なおかつ執行猶予を言い渡すことができるという不合理な結果となり、かかることは前記刑法二五条二項の立法精神に合致する所以でないことは明らかである。

しかるに、原判決は冒頭に掲記したとおり、被告人に対し懲役一年及び同六月の二個の刑を科し、それぞれについて再度の執行猶予を付しているのであるから、原判決は刑法二五条二項の解釈を誤つたか、或は誤つて適用したものというべく、しかもこの過誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 石田一郎 判事 寺内冬樹)

原審検察官の控訴趣意

第二点の一

法令適用の誤りについて、

併合罪である数罪につき、同時に審判し、中間に確定裁判があるため、数個の懲役刑に処すべき場合において、再度の執行猶予を言渡すには、その各刑期を合算したものが一年以下でなければならない。

原判決は、前記のように公訴事実を認め、被告人が昭和三九年二月二〇日、神奈川簡易裁判所において、道路交通法違反により罰金八千円の確定裁判を受けている(被告人の前科調書-記録九九丁)ので、第一ないし第三の罪につき懲役一年、第四の事実の罪につき懲役六月にそれぞれ処し、刑法第二五条第二項に従つて本裁判確定の日から各四年間右各刑の執行を猶予し、同法第二五条の二に従い被告人を右猶予の期間中保護観察に付した。

しかしながら、刑法第二五条第二項が再度の執行猶予を「一年以下の懲役又は禁錮」を言渡すべき場合に限つた法意は、短期自由刑の弊害を顧慮する反面その罪質および犯情において悪質であつて、刑期が一年を超える懲役又は禁錮を言渡すべき場合にまで再度の執行猶予を許容することは行政を弛緩せしめるおそれがあると考えたからであつて、本件のように、二個以上の刑を同時に言渡す場合において、その刑期を合算すると一年を超えるような場合にまで同条項を適用することは許されないものというべきである。

もし、しからずとすれば、たまたま中間に確定裁判が介在したことにより、各個の刑の合算期間が数年となる場合においてすら、なおかつ執行猶予を言渡すことができることとなり、法が予想した限度を超えた悪質な事犯にまで右制限を緩和することになり、法の趣旨を著しく逸脱することになる。このことは、昭和三二年一〇月一九日福岡高等裁判所判決(高裁刑集一〇巻一〇号七五九頁)の明言するところであり、既に確立された判例というべきである。

しかるに、原判決の言渡した二個の懲役刑の刑期は、合算すると一年六月となるのに、これに再度の執行猶予の言渡しをしたことは、右条項の解釈を誤り、法令の適用を誤つたものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例